亡き友へのトリビュート BMW 320i JUDD V8

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 2011年7月、イタリアでのレース中、不慮の事故によりこの世を去った伝説的レーシングドライバー「ゲオルグ・プラサ」をご存知だろうか。
 その類まれな才能で、550馬力を超えるモンスター級マシン「ジャッド製V8エンジン搭載の134(E82)や320(E36)」を巧みに操り数々のメジャータイトルに輝くなど、絶対的なヒルクライムチャンピオンとして多くのファンを魅了した英雄だ。中でもFIAヒルクライム選手権においては2003~09年の間に6度も優勝するという圧巻の結果も残している。

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 そんな伝説的ヒルクライマーへの追悼の意を込め、2018年に開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで、KW社が進めていたひとつのプロジェクトがお披露目となった。それは、彼の魂ともいえる「BMW 320ジャッドV8」の完全復活だ。
 というのも、彼が操るマシンの足元を支えていたKWとの関わりは強く、ともにベストなアシを追求するパートナー的存在であった。それは高性能シミュレーターで知られる7ポストリグを駆使してセッティングを出している貴重な映像が今も残されているほどだ。そして、彼の亡き後このマシンを受け継いだのが、生前に深い親交があったKW社のCEOクラウス・ウォルファールトなのだ。クラウスは友人を偲ぶため、定期的にメンテナンスを施し、イベントなどで展示していた。
 ただ、今回は少々勝手が違う。
 展示用ではなく、イベントのハイライトとなるヒルクライムコンペティションに参戦するという本気の完全復活なのだ。

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 無論、そう簡単な話ではない。
 何しろ生産終了から18年以上経つクルマだ。その復元作業が困難を極めることは必至である。しかも英国の第11代リッチモンド公爵が主催し、四半世紀に渡りグッドウッドFOSの愛称で親しまれる格式高いレースイベントだ。小手先のメンテナンスでは誰も納得しない。何より、それでは伝説のヒルクライマーに申し訳がたたない。
 実際、作業に掛かるとやはり困難の連続だったと聞く。サスペンションやアタッチメントなど多くのパーツは失われており、そのほとんどが専用に作られたワンオフパーツだからどこを探しても見つからない。例えば、タイヤのリム部分は独特のミックスで出来ていて、この仕様は後にも先にも製造されることはない。今回は英国タイヤメーカーのエイボン社が、特別に昔のモールディングを使用してBMW用に新しくタイヤを製造してくれた。

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 さらに、レカロ社もゲオルグ・プラサ氏が実際に使用していたモデルのバケットシート(2009年生産終了)を新たに提供してくれたそうだ。
 他にも多くの問題が発生したらしいが、このようなパートナー企業を始め、KW社スタッフ並びに若手エンジニア、そしてゲオルグ・プラサ氏の当時のチームメイトなど多くの関係者の協力によって、遂にBMW 320ジャッドV8は完全復活を遂げたのだ。
 マシンの制作話だけでひとつの物語として完結しそうだが、そこはさすがにプロフェッショナル。本来の目標でもあるヒルクライムレース(タイムアタック形式)においてもきっちりと結果を残した。
いわゆる従来の内燃機関エンジン搭載マシンの中では最速となる46・43秒を叩き出し、観客を大いに沸かせた。この記録を上回ったのは、新型EVレースカーのフォルクスワーゲンIDRパイクスピークとニオEP9のみと、全体でも3番手につけ、この復活劇に花を添える形となった。

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 ドライバーを務めたイェルク・ヴァイディンガー氏はこう語る「ありふれてるように聞こえるかも知れないけれど、私は単にゲオルグの代役を務めたに過ぎない。彼は常にプロフェッショナルとしてモータースポーツと向き合っていた。ちょっとしたノイズやバーンアウトを楽しむなどというような事は彼のスタイルではないし、それをしようものなら巨大なカミナリを落としたに違いない。
 私にとってこのレースは、彼の夢を満たす為、彼の代わりを立派に成し遂げることがとても重要だったんだ。」
 思い出を噛み締めながら発する彼の言葉は、ゲオルグ氏に対する想いが溢れており、胸が詰まる。

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 実はこの人物、今回のプロジェクトに深く関わっており、彼の強い後押しがマシンの復活とグッドウッドFOS参戦を実現させたのだ。
 さらに彼はこう続ける「私は、ゲオルグの栄誉をここに再現させてくれたこのチーム全員に、もう一度感謝申し上げたい。友のマシンを復活させる為、多く困難に立ち向かい乗り越える勇気、このレースに間に合うよう昼夜問わず作業する粘り強さ、そして彼のマシンが持つ歴史や風格を壊すことなく、私を信じて“レースカー”として復活させてくれたことを、決して忘れない!」

 ゲオルグ・プラサ氏が他界されてから7年が過ぎた。
 彼と近かった人間にとってこれが長いのか短いのかは分からないが、今後どれだけ長い月日が流れようとも家族や仲間、そしてファンの中で生き続け、彼が命を懸けて築き上げた功績は決して色褪せることは無いだろう。
改めて伝説のヒルクライムチャンピオンに追悼の意を捧げたい。


今回のプロジェクトの軌跡とともに、ゲオルグ・プラサ氏の友人であるKW CEOクラウス氏、ドライバーを務めたェルク・ヴァイディンガー氏のインタビューなどが収録されている動画(英語)。


毎分11,000以上も回るという3.4Lジャッド製V8エンジンを搭載したモンスター級のマシン。
その走りを支える足回りには、ヒルクライムスペックのKWコンペティション3Aに、BBSモータースポーツのマグネシウム鍛造ホイール(18インチ)とFr275/650・Rr285/650のエイボンタイヤという組み合わせ。
ギアボックスには、ヒューランドの6速シーケンシャルパドルシフトシステム。クラッチには、ザックスの5.5"カーボン3ディスクユニット。ブレーキには、APレーシングの6ピストンキャリパー、シコム製カーボンセラミックディスク(Fr360×24mm・Rr304×25mm)などが採用されている。

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